哀 蛾(3)
私たちは真夏の陽射しを全身に浴び、遊泳禁止区域の外までのんびりと泳いで行った。
浜辺がしだいに遠ざかり、いっしょに泳ぎ始めた仲間たちの姿もまばらになった。
やがて海水浴場の全景がパノラマのように見え始めた時、私は突然ターンして、いっきに浜辺へと引き返した。
戯れではなかった。私は何かから逃れるように夢中で泳いでいた。
「ねえ、まって、まってよー」大きく見開かれたその目は、驚きと不安に満ちていた。
彼女は赤いブイの外側にぽつんと取り残され、細い腕で懸命に水をかいていた。
あわてて戻った私の肩に抱きついて彼女は泣いた。
幾すじもの涙が青い水面に流れた。
さざなみのように震える唇に唇を重ねた。
そして彼女の寂しさを汲み取った。
砂浜はまだはるか遠くに見えていた。
静かな寝息がTシャツの肩をうっすらと湿らせ、やわらかな髪が時折私の耳をくすぐっていた。
夏の陽は大きく西に傾き、ゆっくりと流れていく建物をオレンジ色に染めていた。
短い夏の一日が終ろうとしていた。
「さとこっていうの・・・」私の肩に身を寄せたままそう小さく呟いた。
| 固定リンク
「小説」カテゴリの記事
トラックバック
この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1019959/20685830
この記事へのトラックバック一覧です: 哀 蛾(3):





コメント