哀 蛾(12)
その年のクリスマスにふたりでプレゼントを買いに出かけた。
デパートの貴金属売り場で彼女はショーケースの上に並んだ安物の指輪の群を眺めていた。高級品の並んでいる下のケースには見向きもしないで・・・
「これどうかしら?かわいいでしょう。」これまでに見せたことのない子どもっぽい笑みを浮かべて、私の方へふり返った。
小さなリングを大事そうに指にはめ、白い手を私の前で開いて見せた。
無邪気すぎるしぐさに戸惑っている私を見て、恥ずかしそうにうつむいてリングを右手に移した。
その瞬間、棘のようなものが張り詰めていた感情に触れるのを感じた。
それは違和感というにはあまりにも小さな感覚だった。
人たちの熱気でむせかえるようなイタリアンレストランで食事をしている間に、その棘はしだいに成長していった。
「さっきのこと気にしてる・・・?」急に無口になった私の様子を気遣うようにそう囁いた。
「ちょっと左手にしてみたかっただけなんだから・・・結婚とかそういうの考えてたわけじゃないのよ。」
ふっと『ジューンブライドっていい響きね』と呟いた時の彼女の黒い瞳が浮かんだ。
レストランの白っぽい壁に夏の真っ青な海が広がり、突然体にからみついたひんやりとした彼女の腕と小刻みに震える唇の感触が甦った。
冷たい湖水を見つめながら呟いた寂しげな声、殺風景な部屋にぽつんと置かれた鳥かご、石鹸の匂いがただようやわらかな布団にくるまれた滑らかな白い肌などが走馬灯のように浮かんでは消えた。
「結婚・・・しようか・・・?」想い出の中に吸い込まれるようにそう言っていた。
口に出してみて初めて違和感の正体がわかったような気がした。
「ほんとに・・・?」困惑していた彼女の顔がパッと明るくなった。
グラスを持つ手が震え、キャンドルの炎がワインの表面で揺れていた。自分の中で棘はますます大きくなっていった。
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