哀 蛾(2)
「ジューンブライドっていい響きねぇ。」女の瞳の奥にほのかな酔いがのぞいていた。
「六月の花嫁ってほうがよかないか?言葉の響きとしてはさぁ・・・」
そんな会話がふっと浮かんだ。
それが彼女と交わした初めての会話だった。
それは客が一ダースも入れば窮屈に感じるほの暗いスナックでのことだった。
どうしてそんな話題になったのかは思い出せないが、ふたつの異なった語感が妙に気に入っていたことだけははっきりと覚えている。
「わたし教養ないから横文字にあこがれがあるみたい。」
「あこがれかぁ・・・」私はじっと虚空をみつめている女の表情にふと寂しさを見つけた。
彼女はそんな私の視線から逃れるように席を立った。
「わたしもビールいただくわね。」とカウンター越しにママにウインクをして見せた。
紫煙に映るなだらかな肩から細い腰にかけてのやわらかな線がきれいだった。
「そんな目して、エッちゃん口説かないでよ。」ママの陽気な目が私をにらんでいた。
そう言われて、彼女は驚いたようにふり向いた。が、その瞳に不安の色はなかった。
二時間ほどたわいのない話をして、その夜は店を出た。
アカシヤの香りが澄んだ夜空を包み込み、星が爽やかにまたたいていた。
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